寺田寅彦
底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年9月10日第1刷発行
1964(昭和39)年1月16日第22刷改版発行
1997(平成9)年5月6日第70刷発行
入力:野村裕介
校正:浜野 智
寺田寅彦
われらの祖先にも、少なくも芸術の上では、恐ろしく頭のいい独創的天才がいた。光琳(こうりん)歌麿(うたまろ)写楽(しゃらく)のごとき、また芭蕉(ばしょう)西鶴(さいかく)蕪村(ぶそん)のごときがそれである。彼らを昭和年代の今日に地下より呼び返してそれぞれ無声映画ならびに発声映画の脚色監督の任に当たらしめたならばどうであろう。おそらく彼らはアメリカ式もドイツふうも完全に消化した上で、新しい純粋国民映画を作り上げるであろう。光琳や芭蕉は少数向きの芸術映画、歌麿や西鶴は大衆向きのエロチシズム、写楽や京伝(きょうでん)は社会的な諷刺画(ふううしが)とでもいった役割ででもあろうか。また広重(ひろしげ)をして新東京百景や隅田川(すみだがわ)新鉄橋めぐりを作らせるのも妙であろうし、北斎(ほくさい)をして日本アルプス風景や現代世相のページェントを映出させるのもおもしろいであろう。そうしてこれらの新日本映画が逆にちょうど江戸時代の浮世絵のごとく、欧米に輸出される。こういう夢を見ることはたいした愛国者でなくてもあまり不愉快なことではあるまい。
こんな空想にふけりながら自分は古来の日本画家の点呼をしているうちに、ひょっくり鳥羽僧正(とばそうじょう)に逢着(ほうちゃく)した。僧衣にたすき掛けの僧覚猷(かくゆう)が映画監督となってメガフォンを持って懸命に彼の傑作の動物喜劇撮影をやっているであろうところの光景を想像してひとりで微笑したりした。そうしてかの有名な高山寺(こうざんじ)蔵の絵巻物の画面を思い起こしながら、「絵巻物と活動時代」という一つの論題(テーマ)に思い及んだ。